大判例

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名古屋高等裁判所 昭和53年(行コ)4号 判決

控訴人

池登夫

右訴訟代理人

清水幸雄

外三名

被控訴人

名古屋市長

本山正雄

右訴訟代理人

鈴木匡

外四名

被控訴人

愛知県公安委員会

右代表者委員長

加藤義則

右訴訟代理人

佐治良三

外一名

右指定代理人

丸地正美

外六名

主文

一  原判決中、控訴人の被控訴人名古屋市長に対する請求に関する部分を取り消す。

二  控訴人の被控訴人名古屋市長に対する訴えを却下する。

三  控訴人の被控訴人愛知県公安委員会に対する控訴を棄却する。

四  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

(被控訴人名古屋市長に対する請求について)

一本訴は、被控訴人名古屋市長に対し公衆浴場法二条一項の許可(控訴人の先代池竜信に与えられたものであること後記のとおりである。)が控訴人について有効であることの確認を求めるものであるから、行政事件訴訟法三条四項の「処分の効力の有無の確認を求める訴訟」(無効確認の訴え)である。

ところで、同法三六条によれば、無効確認の訴えを提起するためには、確認を求めるにつき法律上の利益を有する者であることを要するところ、被控訴人名古屋市長は本訴はその利益を欠くと主張するので判断する。

控訴人の父池竜信が被控訴人名古屋市長より昭和四〇年九月二五日付をもつて本件建物において公衆浴場(特殊浴場)を営業する許可を受け、浴場の施設として個室を設け、当該個室において異性の客に接触する役務を提供する個室付浴場業(いわゆるトルコ風呂)を営んできたところ、池竜信は昭和五〇年八月六日死亡し、控訴人が相続人として右個室付浴場業に関する一切の設備を相続したことは当事者間に争いがない。そして、本訴の要旨は、右相続により控訴人において右許可の効果を承継しているので、引続き個室付浴場業を経営しようとしたところ、被控訴人市長はこれを争い、右営業をなすためには控訴人が新たに許可を受ける必要があると主張するので、前記許可が控訴人についても有効であることの確認を求めるというにある。

しかしながら、風俗営業等取締法(以下「風営法」という。)四条の四第二項に基づく愛知県条例第四一号により、本件建物の所在地は個室付浴場業を営むことを禁止する地域に指定されており、同法四条の四第三項の除外規定に該当する場合以外には、本件建物において個室付浴場業を営んではならないのである。従つて、控訴人が個室付浴場業を営むことができるためには、右第三項の規定にいう右条例の施行または適用の際「現に公衆浴場法二条一項の許可を受けて個室付浴場業を営んでいる者」(いわゆる既得権者)に該当しなければならない。

この点につき控訴人は、公衆浴場法二条一項の許可はいわゆる対物的許可であつて右許可を受けた地位は相続の対象となりうる権利であるから、池竜信の相続人である控訴人も当然右既得権者に含まれると主張し、被控訴人名古屋市長は右既得権者には相続人は含まれない(一代限りである)旨主張するので検討する。

まず、〈証拠〉を総合すると、いわゆるトルコ風呂営業は既に昭和二四年にはじまり、売春防止法の全面施行後急増をみたものであるが、個室において異性の客に接触する役務を提供することを内容とするものであるため、右役務の提供に伴つて善良の風俗を害する行為が行なわれるのが常態となつていたものであること、トルコ風呂営業のかかる実態とこれが住宅地、文教地区、官庁街にまで進出するに及びその社会的害悪の重大性に照らし、その営業を規制しようとする世論が高まり、その結果昭和四一年法律第九一号による風営法の改正を見たこと、そして、右改正により新設された同法四条の四の規定は、第一項及び第二項において法律または条例による営業禁止区域を定めたが、一方、右区域内において現にトルコ風呂営業(個室付浴場業)を営んでいる者の利益を全く無視して全部禁止(廃業)とすることは憲法二九条に規定する財産権の補償との関係で配慮すべき点があるとして、第一項及び第二項の規定に対する例外措置として第三項の規定が置かれ、同項に定める時点において現に浴場業の許可を受けているトルコ風呂業者の当該営業についてのみその継続を許したものであること等の事実が認められる。右のような立法の趣旨・経緯に照らし、かつ、その文理を参酌して考えれば、右第三項の規定は、禁止区域における個室付浴場業の全廃を目的とする第一項及び第二項の規定に対しいわば経過措置として例外を定めたものであり、右規定により個室付浴場業の営業を認められる者とは、同項所定の時点において現に浴場業の許可を受けて営業を営む者に限り、この者から営業を承継した者は一般承継(相続)たると特定承継たるとを問わず右第三項の規定の適用を受け得ないものと解するのが相当である。

そうすると、本件において、いわゆる既得権者は亡池竜信に限られ、同人の相続人である控訴人はこれに該当しないから、控訴人において本件個室付浴場業を営むことは許されない筋合である。

二これに対し控訴人は、風営法四条の四第三項の既得権者に控訴人が含まれないとすれば、右規定は憲法二九条及び一四条に違反し、また右規定に基づき制定された愛知県条例第四一号も憲法九四条に違反する旨主張するので検討する。

1  控訴人は、風営法に基づき一定地域における個室付浴場業の営業が禁止され、その結果先代の死後控訴人が何らの補償なくしてその営業を継続することができなくなるとすれば、右は控訴人の財産権の侵害にあたるというのである。ところで、憲法二二条は職業選択の自由を規定し、これによつて営業の自由が保障されているわけであるが、営業の自由も無制限なものではなく、公共の福祉による制限を受けるものであり、従つて公序良俗に反する職業が法律によつて禁止されることもあり得るのである。風営法が四条の四第一、二項において、その所定の区域内における個室付浴場業の営業を禁止し、あるいは禁止しうることとしたのは、まさに右営業の実態が公序良俗に反すること多く社会に害毒を流すものであり、清浄なることを要求される地域においてその存続を許すことが公共の福祉に反すると考えたことによるのであつて、右規定が合憲であることは多言を要しない。そして、かかる場合禁止された職業を営んでいた者がその営業を営むことにより得ていた利益を得られなくなり、損害を受けることになつたとしても、このような利益を収得しうべき地位は憲法二九条にいう財産権には当らないと解するのが相当であるから、これに対し国(ないし都道府県)において補償を与えなければならないものではない。それにもかかわらず、風営法四条の四第三項が営業禁止の時点において浴場業の許可を得て営業していた者に限つてその営業の継続を認めたのは、公共の福祉と営業者の営業上の利益の喪失との間の調和を配慮し、かつ、一般及び特定承継を排除することにより禁止区域内の既存業者の漸減を意図したものに外ならない。従つて、右規定は憲法二九条に違反するものではない。

2  控訴人は、憲法一四条違反をいうが、そもそも自然人と法人とはその人格存立の基盤を全く異にし、法体系上その取扱に差異があることは随所にこれを看取することができるのである。風営法四条の四第三項の適用上、自然人と法人との間に人格の消滅原因に差異があるため、同項によつて例外的に認められる個室付浴場業の営業継続期間に事実上長短が生ずる結果となることは立法技術上誠にやむを得ないものというべく、これがため同法四条の四第三項が自然人と法人とを差別し、憲法一四条に違反しているということにはならない。控訴人の右主張は採用できない。

3  さらに、控訴人は愛知県条例第四一号が風営法四条の四第二項の許した限度をこえて禁止地域を定め、よつて憲法九四条の規定に違反したと主張する。しかしながら、右条例の定めが、個室付浴場業の禁止区域を規定するにつき右風営法の認める限度をこえているものとはにわかに認めがたいのみならず、〈証拠〉によれば、「トルコ泉」すなわち本件建物は名古屋市の中心部にあたる中村区内に存在し、その周辺二〇〇メートル以内の地域には風営法四条の四第一項に規定する「その他の施設及びその周辺における善良の風俗を害する行為を防止する必要のあるもの」に該当すると認められる建造物である寺院が、またその約二五〇メートルから約五〇〇メートルの周辺範囲内の地域には同法四条の四第一項にいう「学校」に該当する幼稚園、小学校等の施設が存在していることが認められるので、右トルコ泉の存在する地域は同法四条の四第二項にいう「善良の風俗を害する行為を防止する必要がある」地域に該当することは明らかであるから、トルコ泉の存在する地域を個室付浴場業の禁止区域に指定した右条例が風営法と矛盾し、その範囲を逸脱するものとは考えられない。従つて、控訴人において右条例につき憲法九四条違反を主張する法律上の利益は存しないというべきである。

三以上説示のとおり控訴人は風営法四条の四第三項の適用を受けるいわゆる既得権者に該当せず本件建物において個室付浴場業を営みえない者であるから、仮に本件許可が控訴人に対し有効であるとしてこれを確認してみても、そのことによつて控訴人が本訴の目的とする本件建物における個室付浴場業の営業が法律上可能となるものではなく、控訴人において右確認を求める法律上の利益は存しない。従つて、控訴人の被控訴人名古屋市長に対する本件訴えはこれを不適法として却下すべきものである。

(被控訴人愛知県公安委員会に対する請求について)

一当裁判所も、控訴人の被控訴人愛知県公安委員会に対する本件訴えはその利益を欠くものであるから、不適法として却下すべきものと判断する。その理由は、次に訂正、付加するほか、原判決理由第二に記載のとおりであるから、これを引用する。

原判決二九枚目表二行目の「ところで」から同七行目の「明らかであるから」までを「しかるに、控訴人は、被控訴人名古屋市長に対する訴えについて述べたごとく、本件個室付浴場業を営むことができず、現にその許可を受けていない者であるから、控訴人は同法四条の四第四項に規定する『個室付浴場業を営む者』に該当しない。従つて、」と改める。

控訴人は、亡池竜信の相続人である控訴人がいわゆる既得権者に含まれないとすれば風営法四条の四第三項の規定は憲法二九条及び一四条に違反し、また愛知県条例第四一号も憲法九四条に違反する旨主張するが、右主張がいずれも理由のないことは被控訴人名古屋市長に対する訴えについて述べたとおりである。

二よつて、控訴人の被控訴人愛知県公安委員会に対する本件訴えは不適法として却下すべきである。

(結論)

以上の次第で、控訴人の被控訴人名古屋市長に対する本訴請求を棄却した原判決は失当であるからこれを取り消し、同被控訴人に対する本件訴えを不適法として却下することとし、控訴人の被控訴人愛知県公安委員会に対する本件訴えを却下した原判決は相当であつて、同被控訴人に対する本件控訴は理由がないから棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九六条、九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(宮本聖司 浅野達男 寺本栄一)

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